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       およそ事件とは無縁な、のどかな村でそれは起こった。 
      ある晩を境に畑の作物が何者かによって根こそぎ奪われるということが、約半月の間に十件以上。 
      さほど大きくない村の畑は壊滅状態といっていい。 
      無論村人たちは自分たちの畑を守るため、寝ずの番を続けた。 
      最初は誰もが近隣の森などから動物がやってきて畑を荒らしていくのだろうと安易に考えていた。 
      しかし、見張りのものが見たその光景は動物でもなければ常人の仕業でもない。 
      自分たちが丹精込めて育てた作物が、目の前で小さな竜巻のような風に根こそぎ奪われてく様を、ただ呆然と見ているしかなかった。 
      そして視界に捕らえた。 
      ----常人ならざるもの。 
      竜巻を操るかのように杖を掲げ、長い髪をなびかせる美しい女の姿を。 
      夜目だというのにその姿、形が鮮明に浮かび上がる。 
      誰もがその鮮烈な美しさに目を奪われ、立ちすくむ。 
      こうして為す術もないまま半月という時間が流れた。 
      武器はといえば農機具くらいしか所持しない村人たちには、いささか荷が重すぎた。 
      そしてその筋の人間に依頼することとなったのである。 
      藁にも縋る思いで。 
      ◆◆◆ 
      村長は目の前に立つ若者二人をまじまじと見つめた。 
      一人は14〜5歳、背丈は150cmほどであろうか。 
      小柄な分もっと幼くもみえる。 
      若者というよりは、子供といった印象だ。 
      もう一人は17〜8歳、その子供より頭二つほど上の背丈。 
      ひょろりと伸びた身長は、さほど筋肉の付いていない体をより一層軟弱に見せることに一役かっている。 
      おまけに顔は童顔、それでいて背中には不釣合いなくらい大きな長剣を背負っていた。 
      「・・・本当にこの方々なのか?」 
      隣に控えていた村人に思わず確認したくなるのも無理はない。 
      お世辞にも頼れる存在とはいえないこの二人が、村人たちが縋った「藁」だった。 
      この手の者−−−特異能力者、いわゆる「魔法使い」に依頼をするには、特殊な鳥を使う。 
      そのほとんどが放浪の旅に出ているため、ようとしてその居場所が知れない。 
      そのため唯一魔法使いを探知することのできる、特殊な鳥を用いることが常識であった。 
      青く美しい羽根をもつ鳥である。 
      そうしてようやく探りあてたのが、この二人だった。 
      村長は落胆の色を隠せない。 
      「お見受けしたところお二人ともかなりお若いようですが、おいくつですか」 
      思った疑問が口をついてでた。 
      小柄なほうが、片眉をぴくりとさせると 
      「その質問に答える義務はない。」 
      きっぱりとした答えが返ってきた。 
      先ほどから憮然とした表情だったものが、さらに険を帯びている。 
      柔らかなクリーム色の髪を後ろで束ね、青く透き通った色の切れ長な目。 
      なまじ顔が整っているものだから、妙に迫力がある。 
      予想外の反応に一瞬たじろぐ村長であった。 
      「ああもう、またそうやってお年寄りをいじめる!」 
      すいません、口の利き方がなってなくて・・・とすまなそうに頭を下げたのは隣にいた長身の男。 
      こちらはこげ茶色の髪と目を持つ至って平凡な顔つき。 
      しかし、どこか見るものを和ませる、そんな空気を纏った妙に憎めない人物であった。 
      「いや、私のほうこそいきなり不躾な質問をしてしまってすまなかった。ではせめて簡単な自己紹介をしてくださらんか」 
      依然として憮然とした態度のまま、小柄な少年が最初からそう言えとでも言いたそうな雰囲気で口を開く。 
      「オレの名はシアン。魔法使いなのはオレ。で、この隣の木偶の坊はオレのペットのルキア。」 
      「以上、自己紹介終わり」 
      「ちょっと待て!いつからボクはお前のペットになったんだ!?」 
      すかさず、ペット・・・基、ルキアの抗議の声。 
      「道端で倒れていたやつを拾ってやったご主人様に向かってお前とは何だお前とは」 
      「よもやその恩を忘れたとは言わせないよ?」 
      とたんにグッと怯むルキア。 
      目の前で不可解な会話を続ける二人に困惑状態の村人たち。 
      (・・・ペット?拾った?) 
      自己紹介のはずがなにやら変な方向に話が進んではいないだろうか。 
      そんな空気にようやく気が付いたルキアが慌てて弁明を始める。 
      「あ!あのっペットっていうのは、もちろんこいつの戯言なんですが、拾われたっていうのは事実なんです。」 
      気まずそうに頭をかきつつ 
      「先ほど村長さん、ボクらの年齢をきかれましたよね。その質問、少なくともボクのほうは答えなかったのではなくて、答えられなかったんです。1年ほど前ボクはなぜか森の中で一人倒れていて、たまたま通りがかったシアンに拾われ一命をとりとめました。意識が戻ったときには、自分が誰なのか何歳なのかはもちろん、目覚めるまでのすべての記憶がボクにはなかった。」 
      「まぁ、シアンはこんな性格なのでボクにも正確な年齢は教えてくれませんし。」 
      そういって照れくさそうに笑う。 
      一見すると暗くなりがちな内容なのにもかかわらず、この青年はサラリと自分の生い立ちを暴露してしまった。 
      少なくとも、照れながら話す内容ではないことは確かだ。 
      「ル キ ア」 
      名を呼ばれて反射的に振り返ったルキアが凍りつく。 
      満面の笑みを湛えたシアンが 
      「くだらんことをベラベラと---」 
      「のたまっているのは、この口かぁ!」 
      と、思いっきり口を引っ張られるルキア。 
      「わー!いーイテテ、いふぁいー!」 
      必死に抵抗するルキアであったが、小柄なシアンに手も足もでない。 
      目の前で繰り広げられる光景に呆気にとられていると 
      「村長!!」 
      厳しいシアンの声。 
      「何をボーっとしている!さっさと依頼内容を説明しろ!オレは忙しいんだ。」 
      「は、はいっ、すいません」 
      勢いに気圧され、思わず謝ってしまった村長だが、いったいいつ説明をする余裕があったというのか。 
      一通りルキアをいじめ倒してどこかスッキリした様子のシアンを前に村長が説明を始める。 
      夜な夜な作物が盗まれること。 
      その犯人がどうやら魔法使いで、とても自分たちでは太刀打ちできないこと。 
      話を聞いて少し考え込むシアン。 
      「まぁ、その状況からいって十中八九同業者の仕業だろうね。」 
      「今夜はオレたちが見張りをやるから、あんたらは寝てていいよ。」 
      誰か畑まで案内してくれないかなと、さっさと踵を返し部屋を出て行こうとするシアンを慌てて引き止める村長。 
      「ま、待ってくだされ。あともうひとつ不可解なことが・・・」 
      と、後を続けようとした瞬間。 
      ズゴゴゴゴゴ 
      地を這うような轟音、そして伝わってくる振動。 
      「地震!?」 
      身を硬くするルキアに村人の一人が 
      「いえ、地震ではありません。」 
      「え?じゃあ・・・」 
      そういっているうちに轟音が鳴り止む。 
      「それがわからないんです」 
      「ちょうど作物が盗まれだした頃から、この怪音も聞こえるようになりました。しかも鳴る時間も昼夜問わず不定期ですし、正体を確かめようにもお聞きのとおり、方向も定まらないほどの轟音ですから・・・」 
      なるほど見渡せば、村人の誰もが虚ろな目をしている。 
      ろくに睡眠すらとれていないのだろう。 
      軽く息を吐き 
      「わかりました。そちらの件もなんとかしましょう。」 
      渋々といった感じではあったがシアンが了解する。 
      ほっとしたように村長の表情が和らぐと 
      「どうかよろしくお願いいたします。」 
      深く頭を下げた。
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