+++ 01 +++

夜の帳がおりるころ。
シアンとルキアは、今夜狙われそうな畑に目星をつけ、草むらに身を潜めた。
「本当にここに現れるかな」
辺りをキョロキョロ見渡しながら呟くルキア。
無事残っている畑はほとんどないのだが、ここに犯人が現れるという保障もない。
季節的には春であったが、さすがに日が落ちると少し肌寒い。
田舎のため人工的な光は極端に少なく、濃厚な闇があたりを支配した。
肌が粟立つのは肌寒さからだけではないようだ。
緊張を隠せないルキアがふと隣にいるはずのシアンに目をやると
さっさと寝る体勢に入っているではないか。
「じゃあ、オレは寝るから何かあったら起こせ」
見張りは任せたとばかりに、いつの間にやら寝袋に身を包んでいる。
「ち、ちょっと待て!なんでボクだけ」
そういっているうちに、規則的な寝息が聞こえてくる。
某ネコ型ロボットの主人並の寝つきのよさだ。
こうなったら何を言っても無駄なことはルキア自身が一番わかっている。
諦めて天を仰ぐ。
見上げれば満天の星空が広がっていた。
いつもこうだ。
面倒ごとはいつもルキアに押し付け、おいしいとこだけさらっていく。
(ペットだというならもう少し慈しみの心をもってくれ)
これじゃあ、家畜並みだと自分で思って、こちらの表現のほうが的を得ていることに気がつきちょっと凹む。
こうしてルキアが一人漫才をしていると
ズゴゴゴゴゴ
昼間の轟音が響き渡る。
反射的に立ち上がってどこから聞こえてくるのか神経を集中するルキアだが、反響していて良くわからない。
焦っているうちに、辺りに静寂が戻ってきた。
がっくり肩を落として足元に視線を移すと、シアンが何事もなかったかのように眠っている。
よくあの轟音で寝てられるなと、妙に感心しつつも
「おい。お前が依頼を引き受けたのにのんきに寝てる場合じゃないだろう」
ため息まじりに呟く。
シアンの柔らかな髪が風にさらわれる。
と、同時にざわざわと草木が騒ぎ出す。
異様な空気に身を翻したルキアの目に飛び込んできた絶世の美女。
いつの間にかルキアのすぐ後ろに立っていた女の背後では、小さな竜巻のような風が渦を巻いていた。
いきなりの出来事に腰を抜かす。
それでも力を振り絞っていった。
「あの、あなたのせいで村の皆さんが困っています。お願いですから泥棒なんてことはやめてください。」
しかし、至近距離で吹き付ける竜巻の風にかき消されて、果たしてその声が届いたのかどうか。
そうだシアンを起こさなければ。
そう思った瞬間、聞きなれた声が耳を掠める。
「お前は、泥棒にまで敬語を使うのか」
呆れ顔でシアンが傍らに立っていた。
すでに攻撃呪文を唱えていたシアンが青白い閃光を放つ。
白い軌跡を描いて相手にぶつかったかに見えたが、すんでの所で竜巻に邪魔される。
続けざまに攻撃を放ったがことごとく阻まれ、依然相手は無傷のままだ。
しかもこれだけ派手に攻撃しているにも関わらず、女はこちらをちらりとも見ない。
まるで眼中にないのか、完全無視である。
「へぇ、なかなかやるじゃないか」
そういって笑った顔は、隣にいたルキアを尻込みさせるほどの邪悪な空気を孕んでいた。
プライドを傷つけられたシアンは、先ほどとは違う呪文を唱え始める。
この世界の魔法は呪文を唱えることによって発動するが、それを大声で叫ぶ者はいない。
呪文自体に力があるため、ある程度の魔法使いであれば簡単に術をコピーすることができるからだ。
言葉の羅列によって様々な効力を持つ呪文が生まれる。
ほとんどの魔法使いは自分で作り出したオリジナルの呪文を持ち、それを専売特許としていた。
呪文を大声で叫ぶなどというのは、どうぞボクの研究成果を盗んでくださいと差し出しているも同然なのである。
そのため、皆呪文を唱えるときは口の中で言葉を転がすようにして術を発動させる。
微かに聞こえる呪文にルキアが凍りつく。
確かこの呪文はこの畑を丸々ふっとばすくらいの威力があるものではなかったか。
畑を守るよう依頼された側が今まさに破壊しようとしている。
慌ててルキアが止めに入るが、時すでに遅し。
シアンが満足気に口元を歪めたと思うと、凄まじい轟音が畑に降り注ぐ。
自らも爆風に飛ばされながら、同じように飛ばされている女の姿を目の端に捉えるルキア。
(あああ。いくら泥棒とはいえ相手は女の人なのに・・・)
さすがに一年シアンと行動をともにしているだけあり、こんな状況でも余裕である。
身体が硬い地面に叩きつけられたと同時に、例の轟音が鳴り響く。
爆風で吹き飛ばされた衝撃に顔を歪めながら
「そうだ、まだこの怪音の件が残ってた・・・」
身体をさすりつつ立ち上がりシアンの姿を探す。
魔法で自分だけ防御したのか、砂埃すら付いていないマントを翻し、女に歩み寄っていく姿を捉えた。
女の前で足を止めるシアン。
しばらく女の顔を見下ろしていると、片足を上げ、その女の顔面に容赦なく振り下ろす。
「!?」
あまりの仕打ちに、転がるようにして現場に駆けつけるルキア。
「血の色緑な冷血人間とは思っていたけど、こんなひどいことするなんてひどいよ!」
「いくらなんでも女の人の顔を足蹴にするなんて!お前には人としての何かが足りない・・・っ!さてはシアン、お前マゾだな!」
震える指を突きつけながら一気にまくし立てるルキアにシアンの一撃が飛ぶ。
ゴンという鈍い音をたててゲンコツを食らい、頭を抑えてうずくまるルキア。
「黙れ、ボケ。しかも言葉遣いおかしいぞ。だいたいそれをいうならマゾでなくサドだ!
何年人間やってるんだお前は。いい加減人語を理解しろ。だからいつまでたってもお前はペット扱いなんだよ」
大仰なため息とともに容赦なく浴びせられる言の刃の数々。
「ああ!またペットって言ったな!」
その言葉の刃にいちいちダメージを受け、先ほどのゲンコツのせいもあり涙目で睨み返すが、完全に迫力負けである。
「とりあえず、そいつを良く見てみろ」
顎で横たわる女を指し示すシアン。
ルキアがブツブツ文句を言いながら渋々目線を移す。
「・・・見たけど・・・何?」
いわれたとおり良く見てもシアンの意図することがわからない。
見下した態度で
「そいつ、そんなナリしてるけどれっきとした男だぜ。」
「え!?」
言われて良く見れば確かに胸はない・・・みたいだ。
ローブや布切れが幾重にも巻きついたような服装なのでよくわからなかったが。
それにしても間近でみると、益々綺麗な顔立ちをしている。
(これで男だなんて・・・)信じられないといったようにあんぐり口をあけていると
「ちなみにあの怪音の正体だけど、こいつの“いびき”だった」
「へ?」
口のあいたままなんとも間抜けな顔でシアンを見上げるルキア。
「さっきオレがコイツの顔面に蹴りを入れたと同時に轟音が鳴り止んだだろ。」
そういえば、そうだったかもしれない。
一撃が入ったとき一瞬くぐもった声が聞こえた気も・・・。
シアンの暴挙に動揺してそんな変化に気づかずにいたのだが。
ハッとして倒れている女・・・ではなく男の口元に耳を近づけると、規則正しい寝息がきこえた。
「これって・・・もしかして、寝てる?」
おずおずと尋ねるルキアに
「もしかしなくても、寝てる。」
きっぱりとしたシアンの声。
「恐らくなんの反応も返してこなかったのも、ずっと寝ていたから。夢遊病みたいなもんなんじゃないの?」
ケロリとそんなことを口にする。
「じゃあ、今までずっとこの人は寝てて、無意識にやってたってこと?」
「ま、そうゆうことだな。甚だ迷惑な話だけど」
どうやら魔法使いは、いびきや夢遊病も一般人とは次元が違うらしい。
あまりのふざけた展開にへなへなと力が抜ける。
「そんなんありかー?」
思わず倒れこんでぼやいた声が虚しく響く。
東の空が明るくなり始めていた。


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