+++ 02 +++

村長の家では昨日と同じような光景が広がっていた。
ただ違うのはシアンとルキアの間に挟まれた形で椅子に腰掛けている人物がいた。
この人物こそが今回の諸悪の根源。
村人たちは先ほどシアンたちに事情をきいたばかりで、よく頭が働いていない。
というより、こんなばかげた理由で自分たちがこれほど悩んできたという事実を、認めたくないのかもしれなかった。
当の本人はといえば、ボーっとしたままあらぬほうをみている。
シアンが本人に今回のことについて問いただしたところ、やはり自覚をしていなかった。
目覚めるたびに自分の周りに作物が散らばっていることを不思議には思わなかったのかといえば、「お腹をすかせた私を気遣って、森の妖精さんが恵んでくれたんだと思ってました」という始末。
とんでもない“天然”だった。
その様子になんだか怒る気力すらも萎えてしまった面々である。
一応謝罪の言葉はあったものの、気を抜くとすぐ眠ってしまうこの男。
ところかまわず眠ってしまうのが癖のようである。
そのため昼夜問わずあの轟音が響いていたというわけだ。
意識を手放すたびシアンの一撃で呼び戻されるわけだが、そんな状況で果たして本当に反省しているのかどうか。
事件の原因はわかったがこれからどうするべきか、また村長は頭を悩ませた。
そんな様子を見て取って
「なんなら、オレたちがコイツを預かろうか?」
シアンの一言に村人だけでなくルキアも目を剥く。
(面倒なことが大嫌いなシアンが自分から厄介ごとを背負い込むなんて)
村長は思いがけない申し出に顔を綻ばせる。
「本当ですか?そうして頂けると助かります。」

◆◆◆

村人たちに見送られ、村を後にした三人。
「いやー。シアンがまさかこの人を自分から引き取るなんて思いもよらなかったよー」
「おかげで村の人たちも喜んでくれたみたいだし、意外に優しいところもあるんだなって見直しちゃった」
温かい日差しを浴びながらルキアが笑う。
「ふ。相変わらずおめでたいなお前は。」
歪んだ笑顔で振り返るシアン。
「え?」
「オレがなんのメリットもなく、あんな面倒なものを引き受けると思うか?」
「じゃあなんで・・・」
「あいつの容姿や服装を見てみろ」
「お前にはわからないかもしれないが、なかなか上等な衣服を身に着けているし、容姿もいい。その辺で売り飛ばせばいい金になる。」
そういって無邪気に笑う。
「あ、悪党・・・」
(所詮こうゆうヤツなんだ。シアンってヤツは)
溜息とともに哀れみをもって男を振り返るルキア。
(そういえば、まだあの人の名前も聞いてない)
これから一緒に旅をするのだから、名前くらいは聞いておかなければ。
たとえいつかシアンによって売り飛ばされるとしても。
小走りで男に近づくと
「あの、まだ自己紹介がまだでしたよね。ボクはルキアっていいます。あなたはなんてお名前なんですか?」
ゆっくりルキアと目線を合わせると男は優しく微笑む。
こうしてみると、根はいい人なのかもしれない。
実際、夢遊病で本人に自覚はなかったわけだし、ある意味この人も被害者なんだよな。と思いつつ、返事を待つ。
「・・・」
が、いつまで待っても返事が返ってこない。
笑顔を湛えたまま、微動だにしない相手に不信感が募る。
(もしかして・・・)
不安に思って顔を近づけると予感的中。
「寝てる・・・」
この眠り癖は相当重症だ。
立ったまま、目を開けたままでもお構いなし。
するとそこへ追い討ちが。
あの凄まじい轟音。
いびきである。
「うわーそうだこのいびきがあったんだー!シアン、いびきを止める呪文ってないのかよー!」
耳を押さえつつ叫ぶルキア。
同じように、このことをすっかり忘れていたらしいシアンが耳をおさえつつ
「・・・考えとく」
苦々しく呟き、大声で叫んだ。
「とりあえず一撃食らわせておとなしくさせろ!」
「い!?で、できないよ。殴るなんて!」
どうしてそう、乱暴なことばかりするのさと、ルキアの説教まで始まってしまった。
あまりの騒々しさに頭を抱えるシアン。
本当はあの男を引き取ったのは、他の理由からだった。
畑もろとも吹き飛ばしたあの呪文を受けて、吹っ飛びはしたが、かすり傷ひとつ付いていなかったのだ。あの男は。
最大の力を発揮した術ではなかったものの、あの衝撃でも無傷であったことが気になった。
本人はとぼけているが只者ではない。
危険もあるだろうが、利用できる部分もあるはずだ。
しかし。
「本当に売り飛ばしてやろうか。あいつら・・・」
シアンの目が怪しく光るのをみて状況を悟ったルキアだが、もう遅い。
いびきに負けないくらいの轟音とともにルキアの悲鳴が森中に木霊した。
ようやく静寂を取り戻し、気持ちよさそうに伸びをするシアン。
見上げれば木立の間で光が踊る。
今日もいい天気になりそうだ。
あとに残した二人のことなど、まったく気にとめることなく歩を進めていく。
こうして二人から三人の旅は、始まった。

fin.



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